パニック発作がやってきた38

パニック発作がやってきた38

パニック障害と自律神経失調症を発症した当初を綴る過去日記です。

対人関係が原因で発症し、会社はパワハラと認定してくれました。

そんな過去を少しずつ書いています。

パニック障害になってしまった人間の1例としてご覧ください。

 

継続記事になりますのでこの記事から読み始めても内容が分かりません。

始めて来られた方はシリーズその1から目を通していただけると

話の流れが分かります。

記事数も増えてきましたので暇つぶし程度に読んでいただければ幸いです。

 

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パニック発作がやってきた

シリーズその1から

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仕事の負荷の偏りが大きい。

その状況に気付くまで3か月程もかからなかった。

その時はっきりと数年かけた目標として

①自分も成長して負荷を負わせてもらえるようになること。

②そして周囲(後進含め)のレベルアップに助力すること。

この2つが浮かんだ。

負荷が高い人の負荷を分散させるにはまず①も②も必要だが

②が現実的なものになるには①よりも時間が掛る。

だからこそまず①に尽力しようと決めた。

僕は当時、最若手の部類にいたため疑問質問は躊躇なく聞かせてもらった。

と言っても、中堅になった今でも疑問質問は躊躇なくする。

今となっては僕より詳しければ相手が若手であろうと関係ない。

知らないままでいるより聞いた方がいい。

そう思っているからだ。

さすがに中堅域になってから質問されることの方が圧倒的に増えたが

オープンクエスチョンを推すことで関係性の向上にも繋がった。

僕に分からない質問がされた場合は素直に分からないと答え

少し調べる時間をくれと言ったりする。

あとは稀にだが

「分からんから一緒に調べようぜ」

と言ったりもする。

こういうスタイルは後輩からは好評だった。

ただ、最初からこのスタイルになったわけではない。

Aさんと主任の教育方法を見て参考にした(良い意味で)。

 

少し戻るが前回Aさんに対して

 

僕の中でどんどん大きくなる不満と

抑えなきゃならない感情への葛藤を

周りに悟られないようにするには

ひたすら仕事に打ち込むことが打開策(妥協)になると書いた。

 

なぜ打開策が必要なのか?

それは僕がAさんの我儘に付き合わされる時間が苦痛に感じているからである。

特に帰りの車に乗せている時間が苛立ちも相まって相当な負荷になっている。

それが原因で苛立ちが大きくなっていた。

苛立ちを感じなくなるのは無理にしても感じにくくする方法は無いか?

と考えた時に浮かんだのが

帰りの時間を仕事の質問タイムにしてしまおうということだった。

これまでは取り留めのない雑談をしながら帰っていたが

苛立ちなどの感情も多分に混じっていたため

楽しいというより

「なんでまた隣に乗ってるんだよ…」

とストレスに思ってばかりいた。

完全に邪魔者扱いだ。

この状況を変えるには隣に乗っていても

ストレスに感じない時間を過ごせるようになればいい。

ここまで散々使われてきたんだ

僕の知識向上のために知識を拝借させて頂こう。

それが僕の答えだった。

 

会社でAさんと仕事の話をしている時は

悪い感情なんて出ない。

この車の中でも同じような感情になれればいいわけだ。

ただ、仕事の質問をしようにも疑問が無いことには始まらない。

なんせ帰り道は1時間以上かかる。

仕事の事とはいえ興味ない質問をしたところで長続きなんてしない。

仕事に打ち込むことによって疑問質問が増えて

それを帰りの車の中でぶつければいいんじゃないか…と

そういうことだ。

そうすれば僕の知識も向上し

一石二鳥。

そう考えたわけだ。

幸い、僕の性格も相まって

仕事へのモチベーションが高かったこともあり

疑問質問は溢れ出さんばかりに出てきた。

結果1時間ほどの帰りの時間のうち

45分位は仕事の話をするようになった。

これはある意味成功だった。

帰りの時間の苦痛を感じることも減り

僕の知識量も一気に増えた。

これこそギブ&テイクだ。

無理やりそう感じるように持って行った感は否めないが

この状況が2年間以上続くことを考えると

悪くない判断だっと思った。

そういう関係を続けていくこと2か月後

季節も夏になったある日の帰り

これまでで一番の衝撃を受けることになる。

読んでいただきありがとうございました。

次回はパニック発作がやってき39です。

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