パニック発作がやってきた⑫

パニック発作がやってきた⑫

パニック障害を発症した当初のお話です。

シリーズもので少しずつ記事を増やしていこうと思います。

パニック障害になってしまった人間の1例としてご覧ください。

最初から読まれる方はこちら

前回記事はこちら

帰り道

もう少し…もう少し…

いつまた不安に襲われるか

びくびくしながら

車を進める。

なんだかみぞおちの辺りに

重さというか震えるというか

そんな感覚がする。

胃の辺りを掴まれているような感じというべきか。

そんな不快感を感じながら

車通りが少ないおかげもあって

想定より早く実家に着いた。

実家に帰ってきたのは3か月ぶりくらいか

前もって電話はしてあった。

ドアを開け家に入る。

居間のソファには母親が座っていた。

「ただいま」

その瞬間だった。

 

涙が出た。

 

自分でも驚いた。

安心したのだ。

一昨日、昨日と急な体調不良や

今まで感じたことのない不安に襲われ

自分は大きな病気かもしれない…

1人でいる時に何かあったらどうしよう…

そんな事ばかり考えていて

1人でいるのが怖くなっていた。

そんな心境で母の顔を見たら

自然と涙が出てきた。

急に泣き出した僕を見て母も驚いていたが

事情を説明してしばらく実家から会社に行くことにさせてもらった。

その晩、両親に自身の体調について詳しく話した。

現状何も分かってはいないが原因不明の体調不良であること。

急に言いようもない不安感に襲われ

死ぬんじゃないかと思うくらい辛くなること。

身体のささいな変化が気になって

他のことが手に付かなくなること。

等々。

母は心配こそすれど

この状況をどう扱っていいか悩んでいた。

父に至っては

「んなもん、気持ちが弱いからだ」

と言い放つ。

我が家の父は中々に厳しく厳格だ。

小さい頃から厳しく教育され

同級生から父は物凄く怖い人という認識を受けていた。

厳しい教育のおかげで、ある程度礼節をわきまえられる

人間に成長した点は良かったと思うが

今の世であればそれなりに問題になってしまったかもしれない。

口と同時に手が出る。

散々殴られてきた。

親としては躾だと言うだろうが

大人になった今だから言えるが行き過ぎていた。

返事が「はい」じゃなければビンタされ

口答えしようものならビンタ以上の仕打ちを受ける。

 

まだ保育園に行っていた頃

どうしても保育園に行きたくなくて

風邪を引いたと嘘をついた。

僕が嘘をついてると分かると父は

「なら本当に風邪を引け」

と水風呂に入れられた。

 

食が細く食事をあまり摂らなかった僕は

食事を摂りたくないと言った。

すると父は

その日の夕飯を出させなかった。

まあ、これ位ならどの家庭であってもあり得るだろう。

しかし、次の日の朝食も無し。

さすがにお腹が空いてくる。

当時通っていた保育園は昼食におかずが提供される。

ご飯(白米)は家から持参するという形式だった。

当然、家からご飯は持たされずだったが

おかずは食べられるだろう

そう思いきや、まさかの出てこず。

先生からは

「お父さんから食べさせないでくれって連絡あったの」

と言われ、子供心に酷いなと思った。

周りはみんな昼食を摂っている中

同じテーブルに食べることなく座っている

僕の姿を、みんなが不思議そうに見ていたのを覚えている。

しかし、僕も維持になっていて

家に帰っても謝らなかった。

するとその晩の食事も出てこなかった。

当然次の日の朝食も。

保育園の昼食もまさかの2日連続である。

さすがにその晩、父に謝り

丸2日ぶりの食事をいただいた。

もっと言えないこともあるが

躾に厳しく頑固で精神論を唱えてくる父とって

僕の今の状況は

気が弱い

身体がおかしいのは生きてる証拠だ

と言われて済まされる。

気持ちの問題だけで済むのなら

小さい頃から父の教育で育った僕には

持ちこたえられるよ。

なんて口答えの1つでもしようものなら

口よりも手が出ることを刷り込まれているせいか

何も言い返せず黙る。

結局症状は理解はしてもらえなかったが

再び実家に身を置くくとになった。

 

僕も両親もこの時はパニック障害の事など

微塵も知らず、治療に長い時間必要になることも

想像していなかった。

読んでいただきありがとうございました。

次回はパニック発作がやってきた⑬です。