パニック発作がやってきた21

パニック発作がやってきた21

パニック障害を発症した当初のお話です。

シリーズもので少しずつ記事を増やしていこうと思います。

パニック障害になってしまった人間の1例としてご覧ください。

最初から読まれる方はこちら

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2011年4月。

新年度の開始とともに僕は部署を異動した。

別会社の方々はとても優しく、聞いていたよりは仕事を教えてくれた。

確かに仕事をバリバリする空気では無かったが、決して怠慢ではないし

何よりよく声を掛けてくれた。

最初の1か月で所長に2年もモチベーションが持たないと愚痴を零したが

新しいことを覚える面白さもあって任期を終える頃には70%のモチベーションを維持できていたと思う。

結果からすれば良い時間を過ごせたと思う。

さて、そんな別会社での仕事をスタートさせたが、問題のAさんとの関係についてだ。

僕はてっきり、働く場所、終業の時間、勤務体制が変わることで

Aさんに車に乗せてくれと言われることは無くなると思っていた。

だが新体制で臨んだ4日目、それは甘い考えだったと気づく。

日勤の前日、Aさんからメールが届いた。

『明日朝拾ってくれないか?』

……

え~…

マジかぁ…

思わず声に出る。

ここで突き放さなかったのが自分のミスだと後になって気づくのだが

この時は嫌な気分になる程度で、しょうがないなと我儘を聞いてしまった。

しかし、これが災いしこれ以降も僕とAさんが日勤で被る日の前夜、決まって

『明日朝拾ってくれないか?』

と、メールが届くようになった。

回数が増えるにつれだんだん苛立ちが募った。

もう相手するのが面倒だ!と、メールが来ても無視をしたりもした。

メールを無視した時は決まって翌朝6時ごろから電話が掛ってきた。

最初のうちは電話を取り、メールを見ていなかったと誤魔化したが

次第にその電話すら出るのが嫌になり、着信履歴を見るのが辛くなっていた。

電話を完全に無視して家に携帯を置いて会社に行ったこともある。

電話を持っていてもし『なんで電話でない?』なんて聞かれてもいいように。

思い返せばこう考えている段階でかなりなものだが

当時は上司と部下という関係などいろいろ考えることもあり

大きく突き放すことができず、ズルズルと甘やかしてしまっていた。

電話を完全に無視した時でもAさんは始業までには出社していた。

ちゃんと電車で通勤しているのである。

当然、僕と勤務が被らない時は電車で通勤している。

電車通勤をしている日があるのにもかかわらず、僕が同じ時間に出社する日は毎回車を出してくれと言ってくる。

いよいよもって僕の中にあった

『僕の車に乗ることで交通費を浮かそうとしてる』

という考えが強固なものになっていった。

そもそも自家用車を使わなくなった理由も金銭がらみだ。

僕の車に乗せて、たまにガソリン代を出してくれるとか多少のギブ&テイクでも

あれば気持ちもまだ違うのだが、そういうことも一切なかった。

ただひたすらに図々しい。

本当に困ったのは、台風の日の朝出勤するときの話だ。

電車は台風の影響で止まっていた。

そうした場合、電車通勤で自家用車の無い人は通勤手段が無いため

電車が動くまで自宅待機可になる。

それはしょうがないと思うが、その日Aさんから驚きのメールが届いた。

『すまん、台風で電車止まってるわ。道路も冠水しちゃって出れないから家の前まで迎えに来てくれ』

んー…

ん~…?

メールを何度も読み直し、僕はつぶやいた。

「いやいや、冠水してる道路を行ったら僕の車がダメになるじゃん。何言ってんだこの人。」

会社に行かなくてはという気持ちは汲んだやりたかったが

自分の事しか考えていないAさんに付き合いきれなかった。

メールは無視。

その後に掛ってきた電話も8時過ぎ、会社に着いた後に出て

台風だったから早めに出た、マナーモードで気づかなかった。としらばっくれた。

これが初めての事態だったなら躊躇なく自宅近くまでは迎えに行っただろう。

しかし、3月からずっと我儘に付き合わされ、嫌な思いをしていた僕は台風で出勤できないと言われても

助ける気にならない位、Aさんに対する不信感が大きくなっていた。

そんな関係が続いていた2011年10月頃。

ある秘密を知ってしまったが故に、Aさんの我儘はエスカレートすることになる。

読んでいただきありがとうございました。

次回はパニック発作がやってきた22です。